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自動車の安全対策を知っていますか?
帝京大学 理工学部データサイエンス学科 牧田 匡史
(この記事は2025年1月に発行したメカトップ関東No.57の栃木ブロックの記事をブラッシュアップしてweb化したものです)
はじめに
去年、日本で自動車の交通事故により亡くなった人は2,618人、大怪我をした人は26,288人でした。1日あたり約7人の方が亡くなり、約72人の方が大怪我をしている計算になります。自動ブレーキなどが自動車に付いているにもかかわらず、いまだに多くの人が交通事故の被害にあっています。

帝京大学 理工学部総合理工学科 西口直浩
日本政府の交通事故対策
自動車の交通事故の対策では、日本政府と自動車メーカーが連携し、安全技術の向上・拡充(広めること)、標準搭載(すべての自動車につけること)、技術競争(自動車アセスメント)を実施しています。具体的には、エアバッグやシートベルト、車体構造といった、今ある安全技術の性能向上に加え、自動ブレーキなどの最新技術を拡充し、これらの技術を標準搭載していない自動車は国の決まりで販売できないようにしています。さらに、国の決まりでは、交通事故を模擬(再現)した衝突試験や、交通事故の頻度が高い道路状況を模擬(再現)した自動ブレーキなどの試験を行い、基準を満たさない自動車は販売できないようにしています。
安全性能の技術競争を促進するために、すでに販売されている自動車に対して、高い速度での衝突や、評価項目を増やすなどの厳しい条件での試験を実施して、その安全性能を点数で公表しています。これにより、各自動車メーカーの技術競争が促進されます(検索キーワード“JNCAP 自動車アセスメント”で自動車の安全性能の結果が確認できます)。
図1 交通事故による傷害軽減を目的とした自動車内部構造を説明している様子
自動車の交通事故対策
自動車の交通事故対策(安全対策)の技術には、予防安全技術と衝突安全技術の2つがあります。予防安全技術とは、自動ブレーキやペダル踏み間違い時加速抑制装置など、交通事故を予防する技術です。その一方、衝突安全技術とは、交通事故が発生した時に、乗員(自動車に乗っている人)や歩行者などの人体への被害を最小限に抑えるための技術です。これらの技術の性能向上や拡充により、各自動車メーカーで自動車の安全対策が行われています。ここでは、衝突安全技術に関する技術開発の一例をお話します。
交通事故で自動車が衝突している時間は、人の瞬き(0.1~0.3秒)の約5分の1であり、衝突実験による乗員の動きやエアバッグの展開、自動車の変形の様子などの分析が難しいです。そのため、一般にコンピュータシミュレーションを使った技術開発が行われています。図2は運転席側に自動車が衝突する側面衝突のコンピュータシミュレーションの様子です(図は左ハンドルの車です)。このように、実験ではできない衝突過程の乗員の様子を自動車の断面で評価し(図2左側:後席から見た視点)、現実には実験が難しい人体を使った細かい評価(図2右側)をすることも、コンピュータシミュレーションによりできるようになります。図中の乗員は人体モデルで、側面衝突による骨盤骨折に対する技術開発を行った時に実施したコンピュータシミュレーションの一例です。
図2 側面衝突のコンピュータシミュレーション
(出典:Makita M. et al, ESV,Paper No.15-0363(2015))
皆さんへのメッセージ
日本は世界の中で今までにない高齢先進国であり、高齢者が関わる交通事故という課題に加えて、今後の新たな課題が出てくることも考えられます。自動車だけでなく超小型モビリティなど乗り物の多様化や、近い将来の完全自動運転車と今の自動車との混合交通など、これまで以上に複雑な交通状況が予想されます。
自動車や自転車などの乗り物に乗っているかどうかに関わらず、道路をつかう人はすべて交通参加者です。すべての交通参加者が、お互いに安全に快適に交通に参加するためには、安全技術に頼るだけでは限界があります。交通事故の被害を減らすためには、お互いに譲り合う心とルールを守る意識が必要です。それによって交通事故による被害が少なくなることを願います。
この記事を書いた人

帝京大学 理工学部 データサイエンス学科 牧田匡史
帝京大学卒業、東京都市大学修了。日産自動車に入社し、現在、帝京大学理工学部に至る。自動車の衝突安全に関する研究を通じ、FEM(Finite Element Method)を中心としたCAE(Computer Aided Engineering)を活用し、人と環境にやさしい車社会の実現に向けた技術開発に従事。博士(工学)。


