第20期[2013年度]関東支部・支部長挨拶
関東支部の今期の方針
タイタニック号の氷と機械学会関東支部
第20期 関東支部・支部長 東京工業大学 中 村 春 夫

(1)映画「タイタニック」:今から約百年前、1912年4月14日の深夜、北大西洋のニューファンドランド沖で見張りが氷山を発見する。しかし時すでに遅く、海面下で接触事故を起こしてしまう。状況を詳しく調べた後にスミス船長は無線室へ行き、通信士に、「ワレ遭難セリ」という旨の”CQD”を打電せよと言います。コトの重要性(パラダイムシフト)が飲み込めず”CQD? Sir?”と聞き返した無線士に、船長は”Yes, CQD, a distress call.”と答えます(CQD: call to quarters, distress.)。ドラマが大きく展開していく重要なシーンです。
(2)海面下の氷山:映画では、海中でタイタニックと氷山とが実際に接触するシーンが再現されていましたね。氷は約十分の一しか海面に顔を出していませんが、海面下にはそれを支える巨大な部分が隠れているのです。この氷の下の部分のように、ある属性を下でになうもの・基礎となるものをラテン語で「subjectum」といい、「下に置かれたもの」を意味します。これが英語で「subject」となり、主観、主体、主題、主語などと訳されています。リンゴの落下時には、落ちる途中の時々刻々のリンゴを、あなたの主観が静かに見つめています。あなたの主観が認識を水面下で支えているのです。我々が何かを行っているときには、肉体や意識は様々に変化しますが、それを支える主体は「あなた」のままです。講演では様々な話が出ますが、その主題は一つです。「これは黒くて使いやすいペンです。」という時、属性は様々でも「これ」は一つです。ちょうど船の喫水から下にスクリューがあるように、主観や主体は表れの根本となるものや変化のドライビングフォースとも言うべき、「いのち」の源と考えられてきました。
(3)関東支部と主体:右図のように、関東支部を大学・学生・企業・職員などの複合体と考えたときに、「関東支部それ自体」が活動の「subject」(海面下の氷)に相当し、一方で会員(約15,000人)がこの世の中に表れているもの(海面上の氷)に相当します。このような「subject」に立脚した立場においては、学会の本来の属性(intension)とは何かということと大学・学生・企業・職員などそこに属する外延(extension)のありかたとが問題となります。

ところが、20世紀に入ると「subject」とは別の新しい概念が導入されるようになります。我々が客観界を見るときには、見られた中に我々も入っている、という理論です。これは、我々が学会について考えたときに、その学会の中に我々自身が入っていることを意味します。主観・客観という理論では、あなたは単なる傍観者でしたが、新しい理論によれば、学会では現在一つのドラマが演じられており、あなたはその重要な配役の一人であると同時に、そのドラマの観客・理解者でもある、という理論です。さらに50年ほど前からは、われわれは配役、観客にくわえてドラマの監督もつとめているのだ、という創造性とそれに伴う責任の両方を担う論理が現れます(例えば西田哲学)。従来の論理が、力やポテンシャルによる変化・関係・変遷を扱ってきたのに対して、それらの理論では絶え間なく行われているかけがえのない「いのち」の営み、すなわち「生成と消滅」とをモデル化する試みがなされてきているのです。そこでは、大学・学生・企業・職員などそこに属する外延どうしのやり取りを媒介する実体とは何かが問題とされ、その延長として群れロボットや群れ知能などの生命体を直接モデル化する試みもなされてきています。ここで問題とされる「やり取りを媒介とする実体」すなわち「いのち」を扱う学問が、従来問題とされてきたような「主観・主体」およびその対概念である「客観・客体」を扱う学問よりも、一層深く荘重で厳粛な内容を取り扱い始めるようになってきているのです。この媒体は氷山やタイタニック号を浮かべている大海に比することができましょう。したがってわれわれは、このような「パラダイムシフト」が社会の底流において静かにかつ確実に進行しつつあるという事実にしっかりと向き合う必要があります。
(4)主体から主体性へ:それによると、あなたは単に二つの目で客観を見ているのではありません。社会をよく観察し、社会がより良く発展するためにはどうすればいいかを考え、それに基づき実際に社会を変えていこうと実践する、その情熱が客観を見ているのです。このとき、我々と「周りの人々や周りの環境」との「あいだ」に我々の主体性があるという表現をします。上の図で、企業、大学、学生が一部オーバラップしていますね。これは会員相互がたゆまなく協調して、大自然が織りなす四季の風情のように、お互いの個性が干渉し合って、一人ではできない創造力を発揮し合っている、それが歴史であるという理論です。大切なのは、「主体性の論理」においては、あなたはあなたですが、他は「非自」でありかつ「非他」です。これが図のオーバラップの意味であり、あなたの存立根拠は「主観や主体」ではなく、他との「干渉の仕方(如何に創造性を発揮できるか、これを相即と呼ぶ)」に依存することになります。この場合、複数の主体が絡み合うので、タイタニックと氷山が水面下で接触したように、かなりのストレスを受けることになります。映画で、スミス船長が言った、”Yes, CQD, a distress call.”の「distress」とは、大変な(=di)とストレス(=stress)という組み合わせから遭難を意味しますが、それと類似しています。したがって現代においては、子供や若い人を実際の啓発活動の場に引き出して、そのようなストレスの場に慣れ親しんでいただくことによって、われわれと協調し合うことによる喜びや達成感を積極的に教えることが必要であり、逆に我々もそこから時代の流れに身を投じる意義を汲み取っていく必要があるのでしょう。
(5)一層の地域発展を目指して:関東支部は今年で20周年の節目を迎えます。われわれはこれまで一貫して「質の高い」工学の普及・啓発活動を通じて、工学の面白さはもちろんのこと、子供たちや若い方に我々と交流し合うことの意義や重要性を実際に体験していただく場を提供しつづけて今日に至っております。会員の皆様には、上に申し述べましたような趣旨にご賛同いただき、お互いに交流し合うことが実は創造性能力の涵養につながり、ひいては将来の地域発展の一助となることを理解いただきまして、尚一層の積極的なご助力とご協力を賜りますようお願い申し上げます。


